VOLUME 07 / CHAPTER 03
安い見積りほど、後から高くなる
初期費用、TCO、ROI、NPV、業務指標を時間と対象範囲から読み、投資案の選択理由を検証する。
出典照合日: · 独自解説
架空事例:青葉機材の予約基盤更新を評価する。金額、割引率、取引件数、業務効果は独自の計算例であり、実際の投資予測や企業の業績ではない。
初期費用は半分だった
二社の見積りが届いた。A社は初期費用が一千万円、B社は二千万円である。担当者はA社を推した。しかし、A社の案では毎年の保守に五百万円かかり、B社では二百万円で済むと書かれていた。
初期費用だけならA社が安い。何年間使うかを考えれば、結論は変わる。
四年間使い、他の費用と割引を無視する単純な計算では、A社は一千万円+五百万円×四年=三千万円、B社は二千万円+二百万円×四年=二千八百万円になる。同じ二社を比較しても、評価する期間で安さの意味が変わる。
TCOは取得から運用・保守・廃棄まで含む総保有費用を考える枠組みである。見積書の「価格」は、その一部しか示さないことがある。原教材第25章では、TCOとROI、NPVを異なる評価方法として扱っている。1
同じ期間の、同じ範囲で比べる
A社には移行作業が含まれず、B社には利用者教育と移行リハーサルが含まれる。単純な四年総額でも比較条件は揃っていない。
移行に必要な工数、システム停止による影響、外部連携の変更、運用要員、ライセンス更新、契約終了時のデータ搬出を洗い出す。そのうえで、共通の範囲で費用を整理する。何を含まない見積りかを明示することも必要になる。
不確実な費用を勝手に確定値へ変えるべきではない。例えば保守費が年百万円増えると、四年間の総額は四百万円変わる。見積りの差が二百万円なら、費用条件に対する感度を確かめる価値がある。
一方、すべてを無限に細かく見積もると、重要な判断を遅らせる。費用が変動する可能性と、その変動が採否を逆転させるかを明らかにする。
ROIは、何を利益と呼んだかに依存する
投資に対して得られた利益の割合を示すROIは、比較しやすい。しかし、「売上が増えた」と「利益が増えた」は同じではない。分子と分母を定義しなければ計算ができない。
初期投資百万円に対し、追加費用を差し引いた純利益が二十万円とする。この単純な条件なら、ROIは二十万円÷百万円=20%となる。売上増分をそのまま分子に置けば、必要な費用を無視して投資を過大評価するかもしれない。
別の投資では、回収に三年かかるが四年目以降も利益を生むかもしれない。ROIだけでは、効果がいつ発生するか、途中で資金が不足しないか、投資に伴うリスクをどこまで織り込むか分からない。
利益を金額へ換算しにくい投資もある。法令対応、事故を減らすための冗長化、技術負債の解消は、売上を直接増やさなくても事業上の価値を持ち得る。投資目的へ合った指標を選ぶ必要がある。
将来のお金を、現在の価値へ戻す
資金の時間価値を考えるNPV(正味現在価値)では、将来キャッシュフローを割引率で現在価値へ換算する。
現在の投資を百万円、1年後の正味キャッシュインを五十万円、2年後を七十万円、割引率を年10%とする。年末に現金が入ると仮定すると、NPVは −100+50÷1.1+70÷(1.1×1.1) ≈ +3.31万円 である。
単純に合計すれば二十万円の増分だが、現在価値へ直すと小さくなる。結果は割引率とキャッシュが発生する時期に依存する。計算で使用した条件を勝手に一般の事業へ持ち込まない。
NPVが正であれば、定義したモデルと前提の下では採算が取れると評価できる。しかし、需要予測が外れたり、必要な保守費が見落とされていたりすれば、結論は変わり得る。数式が正しくても、入力した仮定の妥当性は別に検討する。
ABCは、作業の負担を明らかにする
青葉機材の営業部門は、問い合わせ対応に長い時間を使っていた。しかし人件費の総額だけでは、どの取引種別へ時間が集中しているか分からない。
ABC(活動基準原価計算)は活動へ費用を配賦し、その活動を消費する製品やサービスへコストを割り当てる。例えば月の見積対応費用が六十万円、総作業時間が三百時間なら、単純な時間当たり配賦額は二千円になる。
ある取引種別の対応に五十時間かかると、配賦額は十万円。作業時間を20%短縮したなら、この単純モデルで二万円相当の活動原価が減る。しかし、その二万円が実際に給与支払の削減へ直結するとは限らない。短縮した時間を別の仕事へ回すなら、評価する価値の種類が違う。
コストドライバーの選び方にも仮定がある。時間に比例しない作業を、すべて時間だけで配賦すれば負担を誤って見せることがある。精緻な表を作ることと、業務を正しく表していることを混同しない。
KPIは、改善の因果関係を示せるか
営業部門は研修回数を増やした。研修回数が増えたことは活動の結果である。しかし、誤予約が減ったかは別の問いになる。
BSC(バランスト・スコアカード)は、財務、顧客、内部ビジネスプロセス、学習と成長という観点で戦略の実現を捉える。例えば研修によって確認手順が改善し、出庫ミスが減り、顧客満足へ波及するという因果を考えられる。1
指標が関連するからといって、因果が実際に成立したと証明されたわけではない。繁忙期と閑散期で誤予約件数を比較すると、処理件数の違いが結果に影響する。分母や業務条件を揃え、目標に寄与したかを確認する必要がある。
技術指標と事業指標も同じである。CPU使用率を下げても、問い合わせへの確定回答時間が短くなるとは限らない。何が技術的な改善で、何が利用者の結果かを分ける。
投資判断は、導入後にも残る
導入前に予測した費用削減や処理時間の短縮は、稼働後に実際の値と比較する。シラバス20-1は投資効果と業務効果の実績評価を要求している。1 計画時の指標を保存し、同じ意味で測定できるようにしておかなければ、後から比較できない。
A社の案を選ぶ可能性はある。初期の資金制約が厳しく、短期で入れ替えるなら合理的な場合もある。ただし「初期費用が安かった」という理由だけでは、四年間の総費用の比較結果を説明できない。
投資評価は、式の正解を一つ得る作業ではない。何を実現するために、いつ、どこへ費用を払い、どのリスクを負い、何を測って選択を確かめるか。設計を事業価値へ戻す仕事である。
知識を答案へ戻す
午前Ⅱ。 TCO、ROI、NPV、BSC、ABCの対象と式を区別する。問題文に指定された費用・期間・割引率だけを用いて計算する。
午後Ⅰ。 見積りの対象範囲、隠れた運用費、目標指標の分母、前提の違いを本文から特定する。
午後Ⅱ。 投資目的、比較した代替案、評価条件、選定理由と稼働後の業務効果を、一貫した因果で説明する。
立ち止まって考える:投資百万円に対して2年で合計百二十万円の現金が戻った。NPVは必ず正になるか
必ずしも正にならない。現金が戻る時点と割引率によって現在価値は変わる。単純合計と割引後の価値を同じものとして扱わない。
出典と照合範囲
[1] コンプリートテキスト第14・16・24・25・28章、IPA SAシラバスVer.5.2:投資費用と効果の予測、実績評価、各評価指標を出発点とする。金額、回収期間、割引率、ABC配賦額は独自の計算例。公式シラバス
[2] IPA「情報システム・モデル取引・契約書(第二版)」公開紹介:調達範囲や運用保守条件を揃える背景を参照した。IPA公開ページ